時々の話

 

 

自分は今24歳、つまり生まれてから24年が経つわけだが、

ふと自分の人生を振り返ると"たまたま""運"といった、幸運が人生を左右させるのだなあと思う時がある。

 

 

私は今お菓子のメーカーの商品開発部門で働いているわけだけれど、過去の自分はそんな部門で働いてるとは夢にも思わないだろう。

 

 

 

 

 

今の仕事に就く自分を作ったきっかけになったのは、間違いなく中学三年の時に兄が就職の関係で一人暮らしを始めたことだろう。

 

兄が一人暮らし(家から出る)することで、兄の部屋にあるベッドで寝れるという特典があったのだ。

 

(当時私は布団で寝ていたので、ベッドで寝ることに憧れがありました)

 

 

 

そうして兄の部屋に引越し、兄の部屋を掃除している時にあるノートを見つける。それは大学受験対策用の数学のノートだった。

 

 

これを見て、アホな自分は

「数学すげー。なんかできたらモテそう」

などと思い、数学を勉強するようになった。

 

 

それは高校にも引き継がれ、浪人し、大学では理学部数学科に入った。

 

 

大学四年生の春、研究室を決める時期になる。

 

自分は勉強することがあまり好きではないし、

当然楽な研究室があるならそこに入りたいし、

それが自分に取っ付きやすい科目なら尚更だ。

 

 

その条件に当てはまる研究室が統計の研究室だった。

 

基本的に週一で済み、統計は言うなれば確率だ。

麻雀やパチンコで確率とは親戚のように密接な関係があったので、これしかないと思った。

 

 

大学四年生といえば就職活動だが、大概ESの中に「研究室では何をしていたか?」の欄がある。

 

そこには統計のことを書いた。そして、今の売り手市場なことも踏まえ、マーケティング活動がしていきたいと書いた。

 

 

そうしていくうちに、今の会社に採用された。マーケティング部である。

 

 

 

 

 

ふと思い返すと、たった一冊のノートが今の自分を形成しているのだ。

 

あのノートがなければ今の自分はいないと言えるし、

あのノートがあったとしても麻雀やパチンコをしていなければ確率に興味を持たなかっただろうし、

確率に興味を持たなかったら統計にも触れなかっただろうし、

それを強みに就職活動を終えることもできなかったかもしれないし。

 

 

 

人生に運はつきものなのだなあと思った日だった

 

教職の話

 

中学生三年から教職(教師、塾の講師、教育に携わる職業を指す)を目指していた自分だけれど、大学三年で諦めた。

 

いや、諦めたという言葉は相応しくなく、嫌気がさしたと言うべきか。

 

 

 

そもそもなんで自分が教職を志していたのかという話になるわけだが、自分は中学生の頃全く頭が良くなかった。

 

どれくらい悪いかというと、偏差値にすると40いかないくらい。

 

だけれどそんな自分を救ってくれたのは周りの環境と、

中学三年の時から通った個人経営の塾の先生と同期の仲間だった。

 

先生は偏差値40もない自分が、

偏差値65の高校を志望していたことを笑わずに向き合ってくれて、

「どういう勉強をすればいいか?」

「そもそも勉強ってどうやってするんだ?」

など些細な疑問まで教えてくれた。

 

「落ちたらこの先生のせいにしたろ」と思い、

先生が言ったことを全てこなした。

 

 

そしたらグングン成績が伸びる伸びる。

結果から言うと志望していた高校には落ちたけれど、自分としては充実した受験期間だったと思うし、

落ちても先生のせいにするどころか自分の責任だと感じた(当たり前なんだけど)。

 

 

そんな経験もあって、自分はこんな先生になりたいと思えた。

 

自分も、自分のような勉強の仕方がわからない生徒を救いたい…ってな感じ。

 

 

 

 

浪人はしたもののまあ有名な大学に入ることができました。まぐれだと思っていますが。

 

もちろん自分は教職に携わりたいという気持ちは衰えていなかったので、大学では教職課程を履修した上に塾講師のバイトも始めました。

 

 

そしてその塾講師をすることで、教職が嫌になった。

もっと言うと、教師になろうとしている人達が嫌になった。

 

 

理由として、

 

 

・都合のいい人間が多すぎる

 

 

塾講師だったりのバイトをしている人ならこんな会話は飲み会だったりで耳にするでしょう。

 

「○○は頭悪い、効率悪い」

「△△は地頭がいい」

「□□は理解力がある」

 

ひとつ問いたい。○○は頭悪いと言うけれど、頭の悪くない生徒が塾にくる意味はあるのか?

 

子供が勉強ができないから、親がお金を払って私たち講師に指導というサービスを求めている。

 

逆に言えば、私たち講師はサービスを与えることでお金をもらっているのだ。

 

もっと簡単に言えば、コンビニでお金を払って商品を貰う。それと全く同じだと思ってる。つまるところ塾はサービス業だと思う。

 

 

それを面倒臭がって「○○は頭悪いから教えても無駄」などと言うのは、「自分はそこそこ頭はいいけれど、他人に教えたり理解させるのはできない」と仕事を放り出してるのと同じじゃないか?

 

もっと言いたい。

 

 

 

生徒の成績が上がったら、

「○○の成績あがったわ~教え方上手いかも、俺」とか、

生徒の成績が下がったら、

「宿題やってたか?答え見てたんじゃないか?繰り返しやったか?お前のせいだぞ」とか、

 

 

生徒の成績の変動を都合のいいように解釈する講師たち。もう本当にこれが嫌だった。

 

生徒の成績が上がったら、それは確かに講師の功績あってのことかもしれないが、なんでまず先に生徒を褒めない。自分を褒めてなんになるんだよ。マジで無駄。

 

 

生徒の成績が下がった原因が、宿題をやらなかったとか弱点を克服しなかったとか原因が明確なら、なぜそれを講師のお前がやらなかったんだ。

 

「いや、勉強は生徒がすることだから」

 

そうじゃない。勉強をするとこまで見届けるのが講師の仕事なんじゃないのか。親と話したらわかるけれど、塾に行かせてる親は講師はそういう世話までしてると思ってる。

 

なんでかと言うとお金を出しているから。しかも塾なんて結構な大金だ。

 

親は投資をしているわけなんだから、見返りを期待するに決まってるだろう。

 

 

子供が勉強の仕方がわからないならその子に合う勉強の仕方を提示すべきだし、ただ提示するだけじゃなくて進捗確認をこまめにするべきだろう。

 

あなたが後輩に仕事を任せて、その仕事の過程や結果や報告を聞かずに放置するか?しないだろう。

 

やってることはそれと同じだと思ってる。

 

 

 

 

教職を目指している全員が上記に該当するとは思っていないけれど、自分が見てきた教職志望者の大半はこれだった。本当に嫌になる。

 

 

 

生徒の成績が落ちたら問題の難易度とかは置いといて、大半は指導力不足の自分の責任なのだ。子供のせいではない。

 

成績が下がるということは勉強不足に繋がるし、勉強不足ということは勉強の仕方がわからなかった、やる気がでなかったことに繋がるし、それらは全部講師のせいだと思ってる。

 

 

というか子供のやる気なんて、大体勉強に躓いて拗ねてるだけだから。それに気付けない講師が悪い。

 

 

まあこんな話をたまにするわけだけど、教職志望者は耳を傾けない。

理由は簡単で、自分がそれに該当すると思っていないからだ。

 

本当におめでたいやつだなあと思う。

おれはあんたみたいな人のことを遠回しに悪口を言ってるのに気付かないなんて。

 

 

まあでも教職をやっている人がいなければ子供たちに勉強を教える人がいないので、教師の皆様には頭が上がりません。頑張ってください。

 

 

 

 

追記

 

ふと思ったのですが、塾に通って三年みたいな生徒いるじゃないですか。

 

それに付随してその子を三年教えてる講師もいるじゃないですか。

 

受験なんて基本一年もあればある程度の学校に入れるのに、そのレベルに到達させれなかった講師って本当に教える技量が皆無じゃないですか(笑)

 

それにもかかわらず、自分は教えるセンスがあると思ってる講師って本当におめでたいなと思いました

 

 

 

 

 

疲れた話

 

疲れた。

 

最近の出来事を記そうと思う。

 

何が起きたか単刀直入に書くと、私のTwitterをフォローしてる人ならわかる"姉さん"に振られたこと。

 

"姉さん"とは、同期の女の人を指す(一浪M2)。

 

 

地頭は良さそうに見えないけれど(何様だよ)、

努力を惜しまない人。

 

自他ともに認める真面目な人。

 

苦手なことから逃げず、面と向かう人。

 

家庭的な人。

 

完璧そうに見えて、時折子供っぽい時もある人。

 

 

そんな姉さんに惚れた。

 

 

 

 

姉さんとは2人で5回くらい遊んだ。

 

最初は星を見に行き、

次は彼女が好きなカフェに行き誕生日プレゼントを渡し、

その次は真夏の太陽のもとで川遊び。

夜景を見に行ったり、仕事帰りに彼女の家でご飯をご馳走になって、地酒を飲んだりもした。

 

 

初めに断っておくと、私は「こんなに遊んだのに振るなんて意味わかんねー女だわ。共感してください」と言いたいわけではないこと。

(いや全否定はできないけれど)

 

ここで私がキレると、「なんで俺と付き合えんわけ?俺を選んでくれや」と言ってるようなものだから。

 

私は付き合ってくださいとお願いしたけれど、

付き合うか付き合わないかの選択肢は彼女にあるわけで。差し出された選択率の中から答えを出した彼女に咎める理由がどこにあるだろうか。

 

単に私に魅力がないだけなのだ。

魅力があれば付き合えたかもしれないし、

魅力がないならもってのほかだ。

 

 

 

 

 

 

少し前の話になる。

 

私の好きになる人、とりわけタイプは、

 

・よく話す人(話してくれる人、話しかけてくれる人)

・家庭的な人

・笑顔が素敵な人

・優しい人

 

 

上記2つくらいに当てはまると大体好きになる傾向が強く、特によく話す人というのがメインファクターになってる。

 

 

中学も高校も、毎日話したりメールをする人に徐々に好意を持っていった。

 

だけれど自分は凄い鈍感で、好きになったことにすら気付かないし、むこうが彼氏ができたり、ある程度時間が経ってからでないと自分が好きだったことに気が付かない。

 

 

そんな自分は大学に入ってから自分の好きになる傾向を把握した結果、

「自分はよく話す人と好きになるんだ。

告白はタイミングが肝心だし、女の人も好きだから付き合うっていうよりは付き合ってからその人を好きになるって場合もあるし、よく話す友達ができたら告白しよう。3ヶ月でいいか。」

 

そう考えるようになった。

 

 

①最初の彼女の話

 

大学に入り、同じ学部によく話す子ができた。

話も絶えないし、笑顔が素敵だし、家庭的な子だった。

 

 

そうして3ヶ月して告白した結果、付き合うことになった。

 

だかしかし問題が起きた。

 

どうせ好きになるからと思って告白したが、

告白した時は「好きになるかも」「気になってはいる」程度の好意なのだ。

 

そうして私は

「自分から付き合ってとお願いしたのに、自分が好きになってないじゃないか。好きにならないと。

でも、好きになるって自分に思い込ませることじゃないだろ。

だけどこのままじゃ彼女に迷惑だ。どうすれば…」と思うようになった。

 

もちろんそんな態度は彼女に見え見えであり、

彼女から別れを告げられることになった。

 

彼女は悪くない、悪いのは完全に自分だった。

 

 

②二人目の彼女の話

 

大学四年になり、就活も始まり、同時に研究室に配属になった。

 

自分の望み通りの研究室に入ったわけだけれど、そこで前から気になっていた(話したことがないので容姿だけ)子が同じ研究室だった。

 

就活で疲れていたからという言い訳と、7年付き合っていた彼氏と最近別れたということを友人から耳にしたので、その子に猛アタックをしかけた。

 

結果から言うと付き合えた。

 

就活中は自分もそこそこ忙しく、彼女もそれを理解してくれて応援だけしてくれた。

 

問題は就活が終えた後だ。

就活が終わると私は当然暇を持て余すようになって、バイトの友達や浪人の友達と遊び尽くすようになった。彼女を放ったらかしで。

 

ただ放ったらかしにしたのにも理由があった。

彼女と話すのは疲れたからだ。

 

なぜ疲れたかと言うと、自分が話題を振っても彼女は自分から話題を振らないのだ。

 

無限に聞き手。会話のキャッチボールがしたかった。それができなかった。

 

しかし彼女はそんな話す私が好きだった。

 

そうこうしているうちに別れることになった。

 

「私はあなたのことが好きだけど、あなたの好きとわたしの好きの大きさに差がありすぎる。本当に辛いから別れたい」と。

 

……そりゃそうだ。

 

 

 

 

昔話が過ぎた。

 

 

姉さんに振られた時は、

「ごめん。付き合えない。

そういう目で見れなかった、ごめんね。」

と言われた。

 

 

あくまでそれは上辺であり、本当は

「愛が重い。」

 

と裏で言われていました。

 

 

 

もう、なんだ。

 

愛が軽いと別れを告げられ、

愛が重いと告白は振られ、

 

ちょうど良い愛の重さってのがあるなら教えてくれ。

 

もう、疲れた。

 

 

 

「サシで3回遊べば付き合える」

「サシ飲みなんて好きな人としかしない」

「星なんて脈アリでしかない」

 

とか、なんなんだ、本当に。

全部嘘じゃないか。

 

それはもう普通の人なのが前提なのだろう。

 

こんな弱音をインターネットの海に流してる弱い自分だし、そんな人間が普通な人間なわけないか。

 

 

自分はネガティブで、よく周りから

「自信持てよ。そんなにマイナスに生きてても何も良い事ないぞ。」と言われているけれど、

 

あなたが脈アリだと断言した未来は壊されたし、

こんなことが起きてもポジティブでいろって言うのか?残酷すぎないか?馬鹿なのか?

 

私も好きでネガティブになってるわけじゃない。

こういう過去もあって自信が持てないのだ。

 

理由や過去、経験もない自信なんて、

それは自信じゃなくただの自惚れじゃないか。

 

 

自信を持てと言ってきた人らは皆「ごめん」の一言だけ。言うのは簡単だ。卑怯だ。

 

 

 

当然、過去に一人だけの女の人を好きになったわけじゃない。複数の人を好きになった。

だから、この先姉さん以上に良い人と会えるかもしれない。

 

今は広い視野をもって生きていくのが正しい道なのだろう。姉さんに固執しても明るい未来が待っている確率は無いに等しいだろう。

 

でも、もうこの先どうすればいいんだ?

 

 

散々人にいけるいけると言われ、

結果は無残に散った。

 

 

もう何も信じれない…。

 

 

 

 

本当にネガティブを卒業したい。

けれど、もうこの件で無理になったと思う。

 

 

 

疲れた。疲れたから休みたいけど、

そうやって休めれるなら人生どれだけ楽なのだろう

 

 

 

 

疲れた、寝よう